
 墓地から見た大切岸。上の写真はこのあたりの崖の上から。お墓の下の石垣は「掘割」とされるぶぶん。
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お猿の「神話」にはルーツもある。「宇津保物語」の主人公・藤原仲忠は幼いころ、一時的に零落したことがあった。仲忠とその母は、北山の奥にあった杉の木の洞(うつほ)にくらす。天界からつたわったという琴を弾きならいつつ、懸命にたべものをさがす仲忠の孝養が天につうじたのか、さまざまな奇跡が起こるが、なかでも猿が母子をまもり、食べ物をたてまつったというくだりは印象的だ。
このばあい北山の奥というのは賀茂神話における御蔭神社を暗示しており、その裏山は比叡山であって、仲忠が神の子(みあれ)であることを表現しているらしい。さらに題名ともなっている「杉の洞」は円仁和尚の横川根本杉の伝説にもまつわる。
お猿畠伝説ではいま日朗廟になっているやぐらに隠れ籠もった、というかたちに転訛しているが、民俗学的にいえば、流されること、「うつほ(柩〜母胎を暗示)」にこもることは仮死であり、神となるひとがより強く大きな力をもつための通過儀礼、復活・再生の物語だった、ということになる。
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