鎌倉好き集まれ!もちださん掲示板


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[57] Re:[56] [55] ご無沙汰しております 投稿者:パディントン 投稿日:2019/11/08(Fri) 14:27 [返信]

大イチョウは聖絵に夢中で確認を忘れていましたが、倒れたりはしていませんでした(笑)。

教恩寺の阿弥陀は、衣の細工の細かさがよく見え、顔だちも本で見るよりずっとよかったです。
あの本といえば、補陀落寺に伺ったら解説代わりに置いてありました。
材木座来迎寺のは現地で見たときは気付きませんでしたが、脇侍が転びそうなくらい前のめりで笑いました。

風入れも行きたかったのですが、金沢文庫の聖徳太子の誘惑に負けました(笑)。

手術なさったとのこと、養生なさってください。



> 既読が大変おそくなって、すみませんでした。
> スマホ世代にうまれてたら、大量に友達を失ってたかも。
>
> 先月手術して忙しくて、きょうとりあえず「建長まつり」をみてきたところです。
>
> 北鎌の定番寺院はひさしぶり。塔頭や仏像など、見所はあまりふえていませんが、変ったところといえば撮影禁止のタグがめっきり少なくなった(?)印象です。おもしろかったのは、けんちん汁を配るミス鎌倉(笑)。
>
> 教恩寺の阿弥陀は、学研の本に出ていたやつでしょうか。真教といえば相模線の原当麻から無量光寺・上依智・八菅まで歩いたのを思いだします。
> そういえば、藤沢の大イチョウ、どうでした?


[56] Re:[55] ご無沙汰しております 投稿者:もちだ 投稿日:2019/11/02(Sat) 21:15 [返信]

既読が大変おそくなって、すみませんでした。
スマホ世代にうまれてたら、大量に友達を失ってたかも。

先月手術して忙しくて、きょうとりあえず「建長まつり」をみてきたところです。

北鎌の定番寺院はひさしぶり。塔頭や仏像など、見所はあまりふえていませんが、変ったところといえば撮影禁止のタグがめっきり少なくなった(?)印象です。おもしろかったのは、けんちん汁を配るミス鎌倉(笑)。

教恩寺の阿弥陀は、学研の本に出ていたやつでしょうか。真教といえば相模線の原当麻から無量光寺・上依智・八菅まで歩いたのを思いだします。
そういえば、藤沢の大イチョウ、どうでした?


[55] ご無沙汰しております 投稿者:パディントン 投稿日:2019/10/22(Tue) 10:18 [返信]

こんにちは。
先日やっと、一条恵観山荘の建物見学に参加しました。
急きょ設定された時間(15時〜)だったようで、人数は少なかったのですが、かなり薄暗くあまり板絵が見えず残念でした。

また、ここ数カ月で補陀落寺や證菩提寺も拝観できました。

現在やっている「真教と時衆」展はどちらの会場も見ごたえがありますね。
横浜会場には、見たかった教恩寺の阿弥陀三尊をはじめ4組(?といっていいのでしょうか)も!

この秋は忙しいです・・(笑)



[54] Re:[53] 鎌倉仏像めぐり 投稿者:もちだ 投稿日:2018/11/19(Mon) 22:24 [返信]

コメント、ありがとうございます。
特別拝観とかあっても、なかなか都合があわなかったりで、現地におすまいの方がうらやましい。・・・

首都圏にもけっこう古寺古仏がありますが、やはり秘仏とか非公開のものが多い。たしかに鎌倉は知名度があるだけに、観光客の数ははんぱないんだけれど、こまかいところはまだ知られていないのかもしれません。

> 地道に拝観のチャンスを狙って頑張ります。

応援してます(笑)。



[53] 鎌倉仏像めぐり 投稿者:パディントン 投稿日:2018/11/18(Sun) 14:54 [返信]

No.317で良い本を紹介してくださり、ありがとうございました。早速取り寄せて読んでおります。
本覚寺はちゃんと本堂に上がって拝観したのに、この写真を見てこんなだったかなあ・・・という状態です(苦笑)。
まだ拝観のかなわないところがかなりあります。
鎌倉のお寺は自分のところの宝物に対して知識がないのか、愛着がないのか、公開しないのはなぜでしょうか・・?
といって、ちょっと何かに取り上げられたら観光客が殺到して困る・・とは思いますが。
地道に拝観のチャンスを狙って頑張ります。


[52] Re:[51] 鎌倉リポートNo277 祥林院 季揚宗賛について 投稿者:もちだ 投稿日:2018/08/06(Mon) 10:33 [返信]

> 梅花無尽蔵に季揚宗賛について

ちょっと探してみたのですが、だいぶ前のことなので、いろいろメモしていたデータがみつかりませんでした。あしからず。

ただ叔父の心敬が58歳になって里帰りしたさいに、「心敬かの田井の庄といへる所にてむまれ侍りて、三つの年とやらん、都へのぼり」云々と書いており、親戚がまだ故郷にいたとみられることから、季揚の出身も同所(和歌山市)かと思われます。
また巻六-19には「季揚老人」などとあるので、年は万里(当時60)より上でしょうか。おなじ年がらみで「老人」はないでしょうから。・・・


[51] 鎌倉リポートNo277 祥林院 季揚宗賛について 投稿者:樋田 投稿日:2018/08/03(Fri) 13:52 [返信]

梅花無尽蔵に季揚宗賛について、「季揚座元禪師廼南紀人。」との記述があり、南紀の人となっています。
「南紀」は元々は南海道紀伊国の略で、紀州全体のことを指すらしいですが、市木武雄先生著の梅花無尽蔵注釈では、南紀を「紀州の南部」と解説されており、実際に、祥林院がどこにあって、季揚宗賛が紀州のどこの出身か知りたくなりました。また生没年もわかれば知りたいのですが、ご存知でしょうか。
ご多忙のところ恐縮ですが、ご回答のほどよろしくお願いいたします。


[50] Re:[49] 杉本城? 投稿者:もちだ 投稿日:2018/02/14(Wed) 21:34 [返信]

> 杉本寺はかつては杉本城だったとか???

中世の城のおおくは、平場(ヒラバ)といって、山の中に兵を隠したりするための曲輪を、たくさんつくったようです。

「鎌倉城」ともいうように、鎌倉にも平場がいたるところにあって、戦時には接収して幕を張ったり、仮設の櫓を据えたりして、陣地にしたのではないでしょうか。

杉本寺の裏山にも、そうした平場がたくさんあり、南朝の北畠顕家が一時鎌倉を奪取1337したさい、足利方の留守を任されていた若武者が玉砕した場所とつたえています。金沢街道を封鎖するため、ここを死守したのでしょう。

道の向かいには青少年会館がありますが、とうぜんそちら側も、滑川に突き出た「出丸」として機能していたものとおもわれます(レポート121号)。



[49] 杉本城? 投稿者:るい 投稿日:2018/02/13(Tue) 17:12 [返信]

もちださま

見られるうちに見ておく
本当にそう思いました。

鎌倉の歴史など勉強し始めたばかりで
この間、杉本寺に行った時、たまたまそばにいた方の
話が耳に入りました。
杉本寺はかつては杉本城だったとか???
もちださまはその痕跡?をご存知ですか?


[48] Re:[47] 進んでいます! 投稿者:もちだ 投稿日:2018/02/11(Sun) 16:30 [返信]

> 古城めぐり。

「古城めぐり」・・・といえば、やっぱり安土城を思い出します。3年後に行ったら「大手道」が大改造されていて、激変。かつては古瓦なんか山ほどおちてたのに・・・。
今のように、デジカメで何百枚も撮れる時代じゃなかったのが、残念。

遺跡はもちろん、むかしいった店、バラの鉢、冷蔵庫のプリン、Youtubeでもお気に入りの頁でも、油断しているうちに、あとかたもなく消えてしまったりする。・・・見られる内に見ておくというのも、大事だと思います。