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JUNEさんの鎌倉リポート No.35(2004年12月21日) |

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 早咲きの椿
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いつからか。 何故か、心ひかれる橋がある。
今は昔、 妙本寺の峰に、一本の松の木があったそうな。 この松の枝に、風がさやさや渡るとき、 それは琴の音のように聴こえてきたという。 とりわけ、この橋の上で聴くとき、 えもいわれぬ美しさで里人の心に響いたことから、 「琴弾橋」と名付けられたという。
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小町大路から脇道にそれ、 日蓮辻説法跡と蛭子神社の間の路地を分け入ると、 朱色の木組みの欄干に、黒い擬宝珠のある橋が見えてくる。 浅瀬の川面が、枝垂れた梢に溶けこむようにキラキラと輝く。
この付近に居を構えた歌人 吉野秀雄は、 この橋のたたずまいをこよなく愛した。
琴弾の橋の際なるさくら花 一弁あまりで水にこそ散れ
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 琴弾橋
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 表札
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黒塗りの大和塀が、ゆるやかな曲線を描いて続く。 細い小路の先、大佛次郎が終生を暮らした邸宅がある。
大佛次郎、本名は野尻清彦。 大正13年 鎌倉に住んだ最初の土地が長谷の大仏裏。 大仏を太郎とするなら、自分は次郎… これを奇遇に「大佛次郎」の筆名を用いた。
そして、何よりも、猫をこよなく愛した。
↑恐れ乍ら、偉大な小説家といえども、 “お隣の、一風かわったおじいちゃん” といったふうに、何だかとっても親近感が湧く。
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私は家の裏手にまわって、その路地をさがして歩いた。 古い壁と石の塀との間を通り、両側の人家の庭木が緑をのぞかせて 人っ子ひとり通らない細い道に、古風な街燈がひとつたっていた。 そんな抜け裏が、近代都市のどこかにまだあることが、 どんなに人の心を人間らしく感じさせるものだろうか。 (中略) 人影のない行手を猫が悠々と歩いて先に行く。 鎌倉も表通りは困ったものだが、 まだ、こうした車が入れない路地や裏道が多いのが救いである。
大佛次郎「路地礼賛」より
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 ツルウメモドキ
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 磯菊
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茅葺屋根の木造平屋建ての大佛邸は、 現在、(財)鎌倉風致保存会により管理されている。
開かれた木戸門から、赤い野点傘と紺毛氈の縁台が見える。 芝生の庭に、お薄をふるまう和服の女性がちらほらと。
Open-airの茶亭でひとやすみ。 ふと庭の隅、こぢんまりと磯菊が咲く。 垣根の裏で、チリリンと自転車が通り過ぎる。
風のない冬日の昼下がり。長閑なひととき。
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