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リポート |
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poko fukuokaさんの鎌倉リポート No.19(2005年12月21日) |
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| 今年最大の発見 北条義時墓跡 |
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そんな訳で今年鎌倉での最大の発見?北条義時墓跡に行ってみました。 北条義時は鎌倉幕府第二代執権として活躍した人です。 こんな鎌倉幕府の重要な人の墓がどこだか解ってなかったのです。 鎌倉の歴史書、吾妻鏡「頼朝法華堂の東の山をもって墳墓となす」とあるそうです。 それから頼朝の墓の東側で今回の発掘で発見された所に8m×8mの建物址が義時法華堂だと思われるそうです。 |
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北条義時墓跡の場所は源頼朝の墓と、大江広元の墓の間の平地です。 発掘現場は、発見後の発表で、埋め戻したはずだから、更地になっているはず、でも大発見ですから更地の上に「立ち入り禁止」とか鎌倉市の簡単な説明看板ぐらい有ると期待していたのですが、なにも無い。 写真では比べる物が無いので広く見えるかもしれませんが、子供どうしがキャッチボールがでるかどうかの広さです。 右側に有る鳥居をくぐり、石段を登ると大江広元の墓が有ります。 |
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ウロウロしてましたら、面白い物を見つけました。 「島津家所有地」なんて文字が刻んである、石柱 よく境界に埋められている上に十字の入った あれです なかなか かっこよいですね 福岡家の猫の額ほどの庭にもひとつ欲しいと思いました。。 たしか島津家は祖先が源だから、江戸時代に墓を整備したのですよね。 その時から源頼朝、大江広元の墓所を含む部分を所有していたのかしら。 |
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この付近には以前から北条義時のやぐらと言われていた物があります、場所は大江広元の墓所のさらに東側、下の住宅地より、ほとんど消えかかった、踏み跡をたどると行けます。 ここには2つの やぐらが有り右が義時、左が北条政子と言われていたこともあるそうです。 今度の発見で もっと訪れる人が減って忘れさられるかもしれませんね。 |
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発掘についてもっと詳しい事を知りたい人は「義時法華堂」で Yahoo検索すると発掘調査の記録がでてきます。 |
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